やっと気づいた

CATやめよっか、と思った時、誰か困る人はおるんかなと考えた。
困らんけど、ちょっとは残念に思ってくれる人はおるかもしれんが・・・。

CATの目的って何?何のためにやってんの?
という問いに未だ明確に答えることはできない。
かつてアサヒビール芸術文化財団の加藤種男さんに言われたことがある。
「キミたちはアレを(スタフェス)やったんだから、周りの人に説明し、伝える義務がある。なぜアレをやったのか、自分たちは何者なのかを・・・」
当時は「んー」と本気で考えたけど、今となっては呆れられたとしてもこう答えよう。
「ただ何かしたかったんすよ、それだけっす」と。
もう言い切っちゃう。別に逃げてるわけじゃない。熟考の上でのこの答え。
CATを突き動かすのは今となっては好奇心のみ。「こんなことしたらどうなるかな、バカっていわれるかな」とただそれだけを想像してウヒヒとにやける。
その初期衝動だけは忘れていない。

CATは誰かに求められているかと言われれば別にんなことない。
CATしかできんことなんかないし。
CATも別に何かを求めているわけではない。
アートとかまちおこしとか、別にどうでもいいし。

あ、でも、CATがなくなったら困る人たちがおった。
CATの存在を必要としている人たちがおったおった。
今さら気づいたけど、それは僕たちCATメンバー。
だって、CATがなければただのしがない役人。ぬるま湯につかって、ふにゃふにゃとふやけていくだけ。CATがあるからみんなでおもしろいことやろっかってなるし、CATがあるから未来と過去に行動を起こせる。そう、ボクらが見ているのは千年先と千年前なんだ。

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つづく

by cat-diary | 2010-12-14 01:47 | 雑記